青い鳥 ブログ 

のーぷらんブログです  

自分がしつこいさみしさ・怒りを感じるとき

自分がなぜか、こういう場面で寂しさ、怒り、もやもやした感覚を感じるときがある。

その瞬間瞬間には誰しもあると思うのだけど。

なぜか、しつこく、こだわってしまう場面。

 

ひとりだけ、話の意味がわからないとき。

ひとりだけ、関係ない疎外された関係性の輪の中にいると感じるとき。

私にまったく顔もむけられず、去られたとき。

 

 

ちいさなちいさな場面で。

 

 

ひとに仕事を押し付けておいて、自分は用事があるからと帰る上司。

こちらは休めないのに、どうどうと月末の忙殺日に休日をとる上司。

ひとりだけ、年代の違う職場グループにいるので、当たりまえのような疎外感。

 

正当な理由はあるのだけど。そうじゃなくて。

そういうことじゃなくて。

私は、その疎外感とか、見捨てられ感、見放され感にものすごく弱いのだ。

 

しつこくしつこくこだわってしまう。

その結果、こだわらなくてよい人にまで、こだわってしまうところがある。

 

流せないのだ。

 

「疎外感」「見捨てられ感・見放され感」「孤立感」

この恐怖・不安から目をそらさず、その恐怖・不安に浸ってみよう。

それをした人たち、周り、環境に目を向けて対策をとるのではなく、

「疎外感」「見捨てられ感・見放され感」「孤立感」

この恐怖・不安を感じているいまの自分そのものに目を向けよう。

この感覚に浸ってみよう。だって、感じているのはほかでもない、私なのだから。

 

感じているのはわたしだ。

無視をしないで。

この恐怖と不安を感じているのはわたしだ。

他の誰でもないわたしだ。

もう目をそむけるのはやめて。

 

 

無視されるのがこわい。

何をいっても蔑ろにされるのがこわい。

自分の存在をないことにされるのがこわい。

自分が起こったできごと、感じたことがないことにされるのがこわい。

 

 

自分の感じたことを、どういうことを感じようが、恐怖、不安、何を感じようが、

感じたことそのものを無視されるくらい、自分を蔑ろにする行為はないのに。

 

私は、ずーーと自分に対して、そういうことをやってきたのだ。