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青い鳥 ブログ 

のーぷらんブログです  

○○カーストから逃れる方法(1)

こころ

どうやったって、どこにいても、必ずカーストが発生する。

人が人と集団で生きるところでは、必ず、発生してしまう。

 

「だれかよりは少しはまし」

「だれかよりは幸せ」

この「まし」とか「幸せ」

 

「あのひとに比べて・・」

「私だけがなんで・・・」

この「劣等感」とか「不幸感」

 

何かの基準・・親?世間?社会?

 

確かにひとつの集団ができあがれば、その集団の色ができて、その集団の基準ができてくる。

その基準で優劣を図れば、かならず、パワー関係が発生する。

 

この方法が生き残りに合理的な力を発揮することもある。

だから、このある意味合理的な集団に、自分の都合がよいのであれば、乗っかるのも悪い方法でないこともある。

しかし、それは健全はピラミッド関係が築かれているときのみの話だ。

健全なピラミッド関係のカースト制とは、カースト間が整然とした皆が納得のいくルールに則ったものであり、かつ、流動的であるものだ、と思う。

例えば、生まれながらの外見美醜で作用されがちのスクールカーストなんてものは、理不尽さが根本にあるだけのもので、年月がたっても、努力をしても、最下位から逃れる術もなく、全く健全なものでない。

少なくとも、私の経験においては、断言できる。

 

そう。私は、スクールカーストにおいては、常に最下位だった。

何を努力しても見下される人間。

女どころか、人間として扱われることもなかった。

私の人生は劣等感で凝り固まったものだった。

 

思春期をずっとスクールカースト最下位の位置で過ごす・・・一言では言えない壮絶な毎日だった。一瞬一瞬がものすごい劣等感と自己嫌悪の繰り返しなのだから。

「自信」なんて言葉のかけらすら見当たらない。

本当に幼いころは、純粋にあったのかもしれない「自己愛」なんて、木端微塵で、自分を守ろうとするなんて、思いも浮かばないのだ。